5月ログ

2004年5月30日 懐かしきログインゲームな日々。
ログインゲーム。
あなたがβ時代を通過してきた猛者の一人ならば、
この単語を聞いただけでログイン時にでるあの美しくも腹正しい旋律を思い出し、
「永遠にお待ちください」
という迷フレーズを思い出すことでしょう。
誇大表現で無く、本気で100回200回とパス入力→OKを繰り返していたあの頃の事を、
今日は話そうと思います。

例えば何か新しいパッチが配布される日。
4時ごろに新パッチが来ると聞いて急いで家に帰り、告知を待つものの夕飯時刻が過ぎても告知が出ず、
さすが重力、さすがガンホーと愚痴りながらPTメンバーたちと首を長くして待っていました。
暇つぶしにファンサイトを覗けば、BBSには困惑と憎悪に満ちたスレッドで溢れ、
サーバー情報が載っているサイトには、サーバーがほとんど壊滅状態であることが示されています。。
そういう時、わたしの傍らには大抵メッセンジャーがあります。
PTチャットが常時不通のあの頃には、連絡を取るための必須アイテムでした。
入ったら何作ろう、何しよう、妄想を膨らましながらわたしたちは待ち続けました。
ROと全然関係ない雑談や、人生相談や、色んな話をしながら。
やっと9時ごろに告知が出て告知に大喜びしたのもつかの間、
パッチが落ちません。ログイン画面まですらいけません。
9時ごろから日付が変わるまでログインゲームをしても全員が集合する事が出来ず
(画面切り替えの時に落とされることが多かったのです)
結局解散、また明日ね、と落ちたのでした。
今思えば何をやってたんだ自分、という感じです。
みんながみんな、恐ろしく我慢強いマゾヒストでした。
もうちょっと反抗的でも良かったんじゃないかとあの頃の自分に言ってやりたいです……

そんな特別な、パッチが配布されたわけでもない普通の日でも、
ログインゲームは珍しくありませんでした。
むしろ日常、するっと入れた日は幸運を感謝、そういうレベルでした。
今思えば無料とはいえあんまりにもあんまりなゲーム環境です。
何とかログイン画面に行っても、すぐに現れる「しばらくお待ちください」の文字。
固定PTのメンバーたちと、ログイン出来た出来ないで一喜一憂を繰り返します。
「まだ入れない」「入れたよ〜……いや、また固まった…」「入ったけどラグで動けない」
「いや、入れた。一足先に狩場で待ってるね」「キャラセレまでしか。。。」
1時間以上ログインゲームをすることもザラでした。
あるBBSで、「念を入れながらログインのOKボタンを押す」
という書き込みを見たとき、大笑いした後何だか空しくなったものです。
やっとログインできた、黒い画面があらわれ、接続のパーセント表示が…10.20,30…から進まない。
ログインできてガッツポーズしたあとに、ものすごいラグに襲われて、
「サーバーから切断されました」というメッセージを見たときの絶望感。
街から出ようとしたら、やっぱり落とされてまた1時間ログインゲーム。
だから待ち合わせなんてした日には、悲惨なことでした。
イベントに参加しても、主催者がログインゲーム中で進行不可能なんてこともありました。
アイテムやお金の受け渡し中に落ちたっきり帰ってこないパートナー。
ポタで移動しようか、と決まり、アコさんに全員送ってもらったはずなのに現れないPTメンバー。
懐かしいです。懐かしいけど決して戻りたくないあのころです。
思い出していて頭が痛くなってきました。
でも、それでもラグナロクがやりたかったんです。
夢中だったから。

今もパスワードを入力しOKボタンを押す時にふと不安に襲われます。
このまま繋げなかったら嫌だなぁ、そう思いながらぽちっとボタンを押します。
たまにの例外を除いて、するりと現れるキャラクター選択画面にほっ、と息をついて
トラウマだなぁ、ちょっと苦笑いします

そしてわたしは今日もラグナロクを続けています。

2004年5月30日 シーフをつくってみたこと。

前衛職を作ってみました。
シーフです。
今まで、わたしはAGIを上げるキャラを作った事がありません。
基本的に紙装甲、やられる前にやれ、火力命。
そういうことを信条に生きてきたものですから、
赤い血柱のダメージが上がらないシーフは新鮮です。

そして初めて臨時に行って見ました。
前に前に出ても死にません。怒られません。
まるで別のゲームをしているみたいです。
すいすい避けるわたしの後ろから、ひょこひょこ付いてくる後衛さんや支援さんたち。             
守ってあげてるんだなぁ、そう思いました。
今まで攻撃する事しか出来なかったら、そういうのが嬉しくて仕方が無いです。
火力は無いに等しいけれど、先陣切って飛び込めば、
魔法を叩き込んでくれる人や、傷ついた体を癒してくれる仲間がいる。
RPG、って感じです。とても。

そしてわたしは今日もラグナロクを続けています。

2004年5月23日 アルゴスカード。その栄光と絶望
アルゴスカード
それはRO世界での、意味の無いものの象徴。
スロット付きの武器に刺しても全然意味がありません。
そういう訳でミストカードと並んで、かなりどうでもいい値段で売られています。

以前道端でアルゴスカードを6枚も売っていた商人さんがいました。
カードだ。でもアルゴスって確か屑カードだったっけ。
ま、いいや〜一枚500zだし何かのネタにもなるだろう。
そう思ったわたしがそれを一気に買った瞬間です、
「ほんとありがと〜」
「買ってくれてありがと〜〜〜」
商人さんは「♪」エモやハートエモを連打しながら、何度も繰り返しお礼を言われました。
何かを買ってこんなに喜ばれたのはこれが最初で最後です。
思えばこれがわたしのアルゴスカード道の始まりでした。

それからのわたしは、露店を巡っている途中、
アルゴスカードを見つけるとつい買ってしまうコレクターとなりました。
アルゴスカードの姿があまりに不憫で見ていられなかったのです。
アルゴスカードの扱いは、それはもう悲惨なものでした。
「いらないもの整理」「○○と屑カード」「○○1k+ゴミ」
そんな切ない看板の露店の元で売られるアルゴスカード。
同じカードでも、ウィスパカードやビタタカードなどは輝かしいスターの扱いであるのに、
アルゴスカードはゴミ・屑扱いです。

アルゴスの素晴らしさを伝えたい。
そう思ったわたしは会う人会う人に集めたカードを配りました。
名刺のごとく配りました。
「イラネ」
の一言で地面に捨てられました。
「ありがとう」
そういってくれた人の言葉も、心なし引きつっていたような気がします。
トーキーくじの景品にしました。喜ばれませんでした。爆笑されました(・∀・)
アルゴスにかけるわたしの情熱は空回りました。
ギルメンに愚痴ると「ネタ好きだねぇw××××さんらしいやwww」と笑われました。

アルゴスカードはダメな存在なのかもしれない……
アルゴスカード道への、大きな挫折を味わったわたしに、ある転機が訪れました。

ある日、質問チャットを出しているノビさんに会ったのです。
ごくごく初歩の質問を出してくるノビさんは、多分昨今珍しい「本物のノビさん」でした。
それを見守る相棒らしい剣士さんが一緒にいて、彼も発言から察するに初心者のようなのですが、
ノビさんの間違った発言などを訂正したり、
ちょっと大人ぶってところどころつっこみをいれたり、それは微笑ましい光景でした。
二人の拙い会話に、久々にわたしは萌え・・・いやいや燃えたものです

しばらく談笑した後、いつものようにわたしは、アルゴスカードを渡しました。
「これ、あげるよ」
「え!?ホントに?いいのいいの??ありがと〜〜!」
渡したわたしが驚くほど、彼はとても喜んでいます。心底喜んでくれています。
「カードって持つの初めて。珍しいんだよね。ほんとにいいの?」
あまりに純粋なその姿に、わたしは眩暈さえしました。
「きっと、あとでガッカリするよw」
そう答えたわたしに、なおも彼は言いました
「ううん。ありがと〜カードだぁ。ほんとにうれしい。」
剣士さんも言いました。
「よかったなw」
その言葉に、むくわれた。そう思いました。
わたしのアルゴスカード道はここで一つの頂点を迎えたのです。
いわば第一部完。そして新たな旅立ち(ぉぃ
こんな人がいるから、アルゴスカード道はやめられないのです。
もしかしたら、あのノビさんと剣士さんは、後で本当にガッカリしたかもしれません。
それはそれで、想像するとうっふりしてしまうような、ガッツポーズを決めたくなるような気分です。
たまには、こういうダメプレイも、いいものです(*´д`*)ハァハァ

そしてわたしは今日もアルゴス道を極めています(謎

2004年5月21日 ポタ屋さんのいた頃(2)
ポタ屋は儲けすぎ、そういったことがラグナの中で囁かれ出したのはいつ頃だったでしょうか。
その頃のポタ屋さんが回復剤など一般的な消耗品を売る商人さんなどより
ずっと効率よく儲かる事は確かでした。
とにかくお客さんが多い頃でしたから、一個のポタで複数のお客さんを送り届ける事が多く、
必然的にジェム代は少なくなり、利益は大きくなるのでした。
代金を提示していたポタ屋さんは、儲け主義じゃないよ、ということを示すために
ポタ屋チャットに「御代任意」という言葉を付け加えだしました
(それだけが原因ではないと思いますが。
任意と書くと、たまに20kと50kなんていう破格の額を贈られたり、
(当時のわたしとしては、50kなんて全財産の額より多かったです)
変わったアイテムを渡されたり、
しかしこの言葉を書くと、
「任意なんでしょ?ポタ屋でどうせ儲けてるんだし100zでいいよね」
などと言う輩がたまにいて、辟易することがしばしばでした。
別に100zでも構いません。
お金がなければ無料で乗ってくれてもいい。
ノビさんを無料で送るのはよくある事でしたし、
1次職の方をいくつかの赤POTで送ったこともあります。
だけど、人の善意を値踏みした挙句失礼な言動を取る方は、
どうしても好きになれません。
気力がある時は説教したり、無いときもポタ拒否したりしていました。
そういったことはごくたまにしか起きないのですが、気力を削ぎ取られていくのを感じました。

おりしもラグ全盛時代を迎え、
増えるプレイヤーにサーバーは追いつかず、快適とは言いがたい状況でした。
当然ポタも不発が多く、7回、8回と繰り返しても出ないこともしばしばです。
自分もお客さんも苦笑いしながら、出ないです、ごめんね、をお互いに繰り返しました。
建物の中へ移動したり、人の多いところを避けてみたり、
色々工夫はするのですが、最後はやはりポタを大量に出す事になりました。
それでも、たくさんの人と触れ合えるポタ屋は、わたしの楽しみの一つでした。
だけれどやはり、出ないポタのストレスは段々重くなり、
わたしは段々ポタ屋から遠ざかりました。
丁度1stのレベル上げにも行き詰っていた頃でした。
しばらく、わたしはラグナから遠のき、ほとんどログインしなくなりました。
なし崩し的にアコライトは封印され、復帰後もポタ屋をする事はなくなりました。

わたしがやめた後も、ポタ屋さんは相変わらず繁盛しているようでした。
プロのポタ広場に、モロクの道に、ゲフェンの塔前に、フェイヨンの街に、
あいかわらず沢山のポタ屋さんがいました。
しかし、便利だったワープポータルに、いくつかの制限がかけられるようになってくるに従って、
段々ポタ屋さんが廃れていったのは、皆さんがご存知の事だと思います。
そして、カプラサービスが空間転送サービスを始めた事によって、
あれほど流行っていたポタ広場はすっかり寂れ、趣味で細々とやっている方をたまに見る程度です。
ラグナの中で当たり前にあった「ポタ屋さん」という風景は去り、
時代だなぁ、とわたしは思って、ため息をつくのです。
リアルで「昔は良かった」そううそぶく人の考えかたが、ずっと理解できなかったのですが
ラグナロクを始めてから、なんとなく理解できるようになりました。
過ぎ去っていったものを惜しむ気持ちが、どうしようもないのです。
時代の一部を早送りで見せられるようなこの感じ、
20代にしてこれを理解できたのはわたしの人生において
結構有益なことだなぁ、と思って面白がる気持ちはありますが、やっぱり切ない。

今、わたしはまたアコライトを作りました。
たまに、気が向くとちまちまポタ屋をします。
たまに同業の方が来て、何分ポタチャットを立てているのでオープン会話はできないので、
チャットタイトルで強引に会話をしたりします。楽しいです。
20分に一人くらい、お客さんが来ます。
「ポタ屋さんて珍しいですよね。えっと……御代任意って、いくら位ですか?」
そんな会話一つに、もう戻らない時間を思い出して、くらくらします
「いくらでも。ゼロピ1個から送りますよ〜」
そう答えるわたしに、お客さんが笑ってくれます。
何だか懐かしい時間を取り戻した気がして、わたしも笑います。

そしてわたしは今日もラグナロクを続けています。

2004年5月19日 どこに行っても忘れないこと
「ポタ屋さんがいた頃」の続きを書く前に、どうしても書いておきたくてこれを書きます。

マイグレーションがやってきました。
わたしの周りでも、最後の準備を終えて旅立とうとしている人が何人かいます。
皆さんの中にも、移住する人、しない人、それぞれに悩みが色々とあっただろうと思います。

わたしは、今のサーバーに留まることに決めました。
捨てたい記憶や、会いたくない人もいるけれど、
それよりももっと、一緒にいたい人や、大事な思い出があったからです。

だけれど新しいサーバー、新しい世界はやっぱり魅力に感じて、
移住予定の人に、レベルの低かった頃にずっと付けていた頭装備と、
少しのお金を預けてきました。
新しい世界を、まっさらなノビで少し味わってみよう、そう思ったからです。
ゲームを始めたばかりの頃のどうしようもなくドキドキした気持ちを、
新しいサーバーならちょっとでも取り戻せるかな、そんな淡い期待が少しあります。

街を歩けば、移住する商人系職の方たちの、別れを惜しむ露店がいくつもいくつも立っています。
いつもの場所の、おなじみの露店を立てている商人さんやBSさんやアルケミさんが、
「移住します。2年半ありがとう」「向こうに行っても○○売ります」「さよなら大セール。大安売り」
そんな風に、いつもよりずっと安い値段で商品を売っているのを見て、それがなんだか寂しい。

新しい場所に旅立つ人に幸あらんことを。
留まる人にも幸あらんことを。

2004年5月13日 ポタ屋さんのいた頃(1)

その昔、β時代のお話です。
イズルートに転送職員という、100ゼニーで全都市に送ってくれるNPCがいました。
その頃はとにかくみんなお金がなくて、ポタ屋さんに払う青ジェム代さえ厳しくて、
だからその100ゼニーという金額は、とってもありがたかったのです。
少し遠い場所からでも100zを握り締めてせっせと歩いて、皆イズルートに向かったものです。

そして、俗に言うポタ屋さん、スキル「ワープポータル」を使った転送屋さんも
首都プロンテラだけでなくモロク、ゲフェン、フェイヨンと、たくさん店を並べていました。
ポタ屋さんが集合している場所が大体どの都市にでもあり、
そこに行けば必ずポタ屋さんに会えたのです。
ポタ屋さんが段々増えていくにしたがって、ただのポタ屋では生き残れない、とばかりに
色んな行き先のポタ屋さんが店を開いていました、
街行きポタは基本として、ダンジョン前直送ポタや人気狩場直送ポタ、
ダンジョン内で1階〜3階まで運んでくれるエレベータ式ポタ、500zポッキリの低価格ポタなど、、
アコプリさん達の知恵を絞った至れり尽くせりな品揃えが展開されました。
変わったところでは闇ポタ屋、行き先がどこかわからないポタ屋さんなどもいました。
闇ポタは本当にとんでもないところに着くものが多く、楽しめるものでした。
ごく普通の街への転送にしても、皆同じようにカプラ前に転送するのは便利かもしれないけど
それじゃ面白くない、ということでしょう、
街の隅っこの建物と建物の間や木陰などの、一工夫された転送場所に、
ただ転送するだけじゃないサービス精神が感じられて楽しいものでした。

「異界の扉よ開け、森林と神秘の都市フェイヨン!」
というように、ポタ発動の時にオリジナルの呪文を唱える方もよくいました。
ちゃんと各都市ごとに呪文は変えていて、凝ったものでした。
これと同じように、ダンジョンなどでも呪文を唱えるマジさんなどがいたものです。
今と違ってラグナ自体は発展途上、やれることも少なく、頭装備も少なく個性を出しにくい。
そんな中で生まれた遊び心だったのだと思います。

面白そうだ、そう思ったわたしもセカンドキャラにアコライトを作り、ポタ屋さんを始めました。
最近始めた方には信じられないかもしれませんが、
一度チャットを作るとあっという間に3人4人5人とたくさんのお客さんが入り、
チャットを閉じてポタを出している途中にも通りすがりの方からポタを頼まれ、と、
休む間も無い忙しさでした。
いつの間にか転送NPCも消え、
移動手段が徒歩か蠅の羽アイテムでランダムに移動か、という選択肢しかなかったので、
ポタ屋さんは本当に大盛況だったのです。
自分がポタ屋さんになってみると面白いお客さんも多かったです。
代金を大量のゼロピーで払ってくれる方。
僕のやわ毛もセットで・・・と際どい冗談を言いつつ、代金と共にやわ毛を下さる方。
「お金が無いからこれでお願いします!」
と言って多分拾ったものであろうリンゴやにんじんから始まって、収集品を根こそぎくれる方。
コントのようににぎやかに、ポタを出すまでの間始終笑わせてくれた二人連れの方。
ロールプレイでプレイボーイをやっていらっしゃるのか、

ムードたっぷりで口説いてくれる方なんかもいました。
まったりして暇なときは、お客さんと話しこむこともしばしばでした。
そして、ポタ屋さん同士でもよく話をしました。
「商売ガタキは出てけ!貴様のしけた顔を見ると商売神が逃げていくわっ」
「ぬぅ・・・貴様こそ!ここは俺の縄張りだ」
嘘です。そんな会話はついぞしたことはありません。
同じ場所でポタ屋を出す事が多かったので顔見知りの方が多く、会話もまったりした楽しいものでした。
今日はお客こないね〜アコって楽しいね〜そういえば今日やっとブレス取ったんだよ〜
そんな風に、穏やかに毎日が暮れていったのです。

今はもう遠い日のお話です。
つづく。

2004年5月4日 愛すべきアホたちのこと。
わたしはアホな人が好きです。

と言うと非常に誤解を生みそうですが、「愛すべきバカ」とでも言うべき、
ラグナの中で笑いに命をかけた人たちが、わたしはとても好きなのです。

「聞いて驚け見て驚け」
「幻の古代魔法・・・・・・ファイヤーピラー」
そう叫びながらファイヤーピラーを連打するダンディなお髭のWIZさんに会いました。
「ファイヤーピラーのためにわたしは戦う」
「はっはっはっ」
高らかに笑いながら去っていくその姿はまぎれも無くアホですが、
どこか拝みたくなるような崇高なアホ加減で、わたしはちょっと萌えました(間違い

もうちょっとみんなアホでもいいと思うのです。
そんなに真面目に真剣にならなくてもいいと思うのです。
目立たないように叩かれない様に、ひっそり狩りをこなすだけがゲームじゃないと思うのです。
道端に、ヘンゼルとグレーテルがパンくずを落としているようなノリでブリーフを点々と落としていく人。
「踊り屋 一回3z」という看板を出していたダンサーさん(後にダンサーを作った時真似しました)
ポリンしか倒せないロードオブヴァーミリオンを誇らしげに出す殴りWIZさん。
ペット〜と言いながら明らかに強い敵を殴り、赤い血しぶきをあげて白ポを連打して回復している人。
意味も無く縦に整列して、岩場からプロンテラまで人の壁作るぜ〜と頑張る人たち。
罠を限界まで持ち、トーキーやスプリングトラップに励むハンターさん。
装飾用卵殻をばらまいて、カリメロな人を量産する人。
皆アホです。そんなん一つも役に立ちません。
だけど、ゲームの中のzenyや装備や強さはいつか価値を失っても、そういうバカな思い出は残ります。
永遠じゃないにしても。

そしてわたしは今日もラグナロクを続けています。

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